セラピストアワーズ ジャパン オフィシャルブログ

ヨーロッパ自然療法の旅「ハーネマンは今も生きている」

2019/06/07
 
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あなたらしい人生をサポートする自然療法プラクティショナーの金澤 千佳です

 

5月15日からヨーロッパ自然療法の旅に行き、先月末無事に戻って来ました

シドニーでホメオパシーを勉強していた時の大切な友人が、故国であるスロバキアに戻っているので彼女に15年振りに会うことも旅のテーマの一つでした

 

思いがけず、スロバキアの首都ブラティスラバでアイスホッケーの世界選手権が開催されていたため、ホテルが取れない状態で、彼女の家に3泊泊めてもらうことになり、美術館のようなアパートメントに心踊るところから始まった旅です

 

福岡からは、フィンランドエアーでヘルシンキ経由にてプラハに入り、一晩泊まってから、高速バスで4時間、ブラティスラバに到着

 

建築ラッシュで、街はどこも工事だらけ、これはこの後のヨーロッパ全体に言えることでした

 

彼女と久しぶりに会って、積もる話しに花が咲き、観光しつつもおしゃべりもして楽しい旅の始まりです

 

東欧で見た自然療法

 

スロバキア編

 

彼女は、スロバキアの自宅兼サロンでホメオパスとしてセッションをしています

レメディは、街の薬局や自然療法関係のお店で手に入るとのことで、クライアントさんが自ら買いに行くこともできるそうです

 

実際、薬局にも連れて行ってもらいましたが、普通の市販の新薬と並んでレメディーの睡眠剤などが棚に並んでいました

日本にはない光景に羨ましさと憧れと日本はいつになったらそういう日が来るだろうとちょっとの切なさが入り混じる感情が湧いて来ました

 

ヨーロッパは、EU 統合でプラハ(チェコ)からスロバキアに行くには国境を超えるにも関わらず、入国審査など一切ありません

バスに乗るときには一応パスポートを見せますが、バスの運転手さんやアシスタントの若いお兄さんに見せるだけ、なんとも気楽な国境越えです

 

それは、翌日のウィーン行きでも同じことでした

(スロバキアの首都ブラティスラバからウィーンまでは自動車で1時間)

 

ウィーンや、スロバキア国内の田舎への旅などは、また別の機会にお話ししますね

 

ハンガリー編

 

スロバキアから隣国ハンガリーの首都ブダベストにも高速バスで1泊で出かけました

バスで2時間半ほど、美しい街と言われるブダベスト

ここもあちらこちら工事中で見られない由緒ある建物も多かったのですが、観光よりも私の気持ちを掴んだのは、偶然見つけた薬用酒のお店でした

 

メルマガには少し書きましたが、乗り降り自由の観光バスに乗っていて、ある停留所で停まったら、そこには、ウインドウにたくさんのハーブが飾ってあり、「これは、なんだ?」とよくわからないまま慌てて降りました

 

 

中に入ってみるとプンプン生薬の匂いがします

直感に従って降りて良かったと思う瞬間です

入って見てわかったのは、ここは生薬の工場であり、ショップでもあり日本的にいうならば工場見学が可能な場所だったのです

入場料を払って、少し待つと、まずこの会社の概要をビデオで見せてくれます

 

参加者私たち二人だけなのでその後は、ガイドさんが私たちだけを工場内を案内してくれるという貸切の贅沢な状況

 

まずは、工場の入り口に使っている生薬の一部が並んでいました

よく知っている生姜などの他にさまざまなハーブのドライが並んでいます

 

 

製造方法は、蒸留とコールドプレスの2種類を生薬によって使い分けていて、それぞれ出来上がったものを混ぜてオーク材の大きな樽で3ヶ月間寝かせます

使用するハーブは約40種類!

その後、そこに砂糖やお酒(ウオッカベース)を入れてさらに3ヶ月寝かして合計で半年ほどで出来上がるそうです

 

 

工場にはオーク材でできた大きなたるが並んでいて、そこからテイスティングをさせていただけます

どんなものかわからず飲んだら、強い!びっくりして目の前がチカチカするほどでした

そりゃ、40度くらいのアルコール度数なのでお酒を普段から飲まない私たちの口内はびっくり状態です

 

 

現在は、オリジナルとプラム入りの2種類を製造していて、プラム入りの方は34度と少しアルコール分が減り、甘みが増して、私などには飲みやすかったです

日本の養●酒と同じようなものなのでしょう

体調不良のとき、風邪を引いたとき、病み上がりなどに飲むと良いとのことでした

 

ハンガリーだけでなく、東欧を中心にヨーロッパでは知らない人のいない薬用酒で「Unicom」(ウニクムと発音)と言います

 

ハンガリーといえば、「ファミリーナチュロパシー」のコースでも実習する「ハンガリーウォーター」(ハーブを使った自然派ローション)で有名な国

 

こういったものはお得意なのかもしれません

この「UNICOM」は、ハンガリー帝国の王様ヨセフ2世の典医であったZwack家の先祖ドクターZwackが
ヨセフ2世のために開発したのがその始まりだったそうです

二つの世界大戦で大打撃を被りながらも、先祖代々守り続けて来た生薬のレシピは、門外不出であり秘密です

テレビコマーシャルや広告看板では、この会社の面白いキャラクターが大活躍、現在の社長はかなりのビジネスマンのようです

大戦の被害に遭いながらも、生き抜いて来たスピリッツが生きているのでしょうね

 

チェコ編

 

チェコでは、観光メインにプラハの街を歩き回りました

世界でもっとも美しいと言われるプラハの街、建物は童話の世界か映画の世界でも見ているかのようで、写真を随分たくさん撮りましたが、建物ばかり、後から見ると何が何やらわからなくなりそうです

 

ホテルを出て数十メートル歩いたところで、ウインドウにハーブなどのチンキ剤を見かけ、あら!と立ち止まると、そこは自然療法関連の専門店でした

 

 

 

ワクワクしながら中に入ると、エッセンシャルオイルにサプリメントにドライハーブにハーブチンキ剤にとたくさん並んでいます

 

 

ホメオパシーのレメディーはなかったようですが、ホメオパシー歯磨き剤は売っていましたので、買って見ました

それと、エキナセアのチンキを購入

こういったお店が当たり前にあることにまず感動!そして羨ましい〜!

 

 

さて、次は、いよいよ本命のドイツの旅です

 

ドイツでハーネマンに出会う

 

プラハから特急列車でドレスデンに入り、そこからローカル線に乗って最初の目的地マイセンに到着しました

 

マイセン編

 

マイセンは、ハーネマンの生まれた街、日本でも陶磁器の街として有名ですね

マイセンの駅からバスでハーネマンセンターに行くことができます

バス停の前がすぐハーネマンセンターですが、門から入ると広大な土地が広がっていることにまずびっくり!

 

 

崩れかけたレンガ造りの建物が奥に広がっていて、そこは修道院跡地であり、その一角にハーネマンセンターが建っています

 

 

ちょうど、薔薇のシーズンでもありあちらこちらに咲いていますが、今年は異常気象で例年より寒い5月なので満開までにはまだまだ時間がかかりそうでした

それ以外にも知らないお花がいろいろ咲いていて、それらを見ているだけでも面白い

ハーネマンセンターに入ると、英語の少し話せる事務員の方とドイツ語しか話さないホメオパスの女性がいて、アポイントを取っていたわけではありませんが、快く案内してくださいました

ハーネマンの父が陶工(絵付けの職人)だったことはホメオパシーを学んでいる人ならみなさんご存知でしょうが、このハーネマンセンターから程近いアルブレヒト城(歩いて20分ほど)で仕事をしていたそうです

 

 

マイセンの磁器の製作、絵付けの仕事は、企業秘密みたいなものでお城に軟禁状態で仕事をさせられている人が多かったようです

 

お城も見学しましたが、豪華絢爛、こんな小さな田舎町にかくも立派なお城があるのかと驚きますが、ドイツを旅して見ると、どこへ行ってもその村、町には必ずと言っていいほど「城」があります

 

城を中心として街が発展するのはどこの国も一緒なのだという当たり前も体験して初めて感じられることです

 

お城からまたバスに乗り、次はマイセン陶磁器博物館へ

ここは、マイセン陶磁器の製作過程を見せてくれるツアーがあります

日本語の音声で流してくれる中で、その細かい作業を見ると価格が高いことも頷けます

絵付けの細かさと言ったら、几帳面な正確でないとこの作業には向いていないなと実感できますが、さすが、ハーネマンのお父さん!

その気質を受け継いた息子は違う分野でその几帳面さを活かしたのだろうと納得しました

 

翌朝、もう一度マイセンの街の中心街へ歩いて、ハーネマン薬局という「ハーネマン」という名前を冠した薬局に行きました

 

店内はレメディーだけでなく普通の市販薬も販売していますが、他の自然療法系の商品も並んでいます

レメディは在庫があれば買うことができ、私も二つほど購入しました

 

 

 

ドイツでは、薬局のことを「Apoteke」と言いますが、発音は「アポティーク」となります

この薬局から数分のところに通称「ハーネマン通り」というのがありまして、通りに「ハーネマン」という名前がついていて、この辺りに生家があったとのこと

 

 

ドイツは、石畳が多いので情緒がありますが、歩きにくいです

ましてスーツケースを転がしているときには泣きたくなるほど大変です

それでも、ここにハーネマンが生活していたんだという思いは感慨深く、ドイツまで会いに来たことをしみじみと感じる時間でした

 

マイセンからまた列車に乗って今度は「Kothen」(クーテンと発音)に向かいました

ライプツィヒで乗り換えて行きます

このライプツィヒには、この後も乗り換えで何度か訪れることになります

 

クーテン編

 

クーテン駅に着いたら、まずホテルで荷物を預け、クーテンの町歩きに出かけました

小さい街なのでほぼどこにでも歩いて行けるような距離感です

クーテンには、「ハーネマンズハウス」と「ホメオパシー図書館」があります

事前に問い合わせたときに、休館日と聞いていたのですが、私たちのために開けてくれることになりました

また、クーテンの観光局で英語のホメオパシーガイドツアーもしてくれることになり(もちろん有料ですが)クーテン城で待ち合わせ、そこから2時間のツアーです

 

(クーテン城)

女性のおばちゃんのツアーガイドを想像していたら、なかなかかっこいい男性が登場してちょっとびっくり

ドイツに着いてからわかったことですが、ほぼ英語は通じません

どんなに英語で話しかけても、返ってくるのはドイツ語です

簡単な言葉ですらそうです

英語の流暢なこのドイツ人曰く、この辺りは「ベルリンの壁」崩壊前は、東側だったので学校で英語を教えることも禁止されていた時代があっそうです

そのため、ある年齢の方達は、全く英語を話すことはないそうで、もっと早くにそれを知っていればと少しばかり公開…

話がそれましたが、待ち合わせのクーテン城にもホメオパシー、ハーネマンの関係の色濃い資料が残っています

 

その中で一番驚いたのが、ハーネマンの死後にパリから送られて来たハーネマンが亡くなったベッドです

木製の立派なベッドですが、身長が低かったことがうかがわれます

 

 

ベッドには触っていいんだよと言われ、恐る恐る触ってみると、なんとも言えないエネルギーを感じ、感情と共に涙が込み上げて来ました

「よく来たね」そう言ってもらえたような「待ってたよ」と言われたような…もちろん主観的なものですが、私がそう受け取ったのだからそれで良いのです

 

インド人のホメオパスが団体でよく訪れるそうですが、中にはこのベッドに横になる人もいるらしく、それはさすがに困るとのことでした(苦笑)

 

さて、クーテン城を後にして、「ハーネマンズハウス」へ向かいます

 

 

その途中には、今は閉鎖されていますがルッツ病院というのがあり、そこにハーネマンの像が建っています

 

 

ルッツ病院を建てたのはドクター・ルッツ、地元の名士でホメオパシーに心酔し、ホメオパシーの病院を建てたいということでしたが、ハーネマンと実際に会ったことはなく、ハーネマンがここで診療したわけではありません

ルッツ氏は、なかなかのビジネスマンで、コーヒーがホメオパシーの妨げになると知って、「妨げにならない珈琲」を作って売り出し大儲けしたとか

その珈琲は、まあインチキな商品だったそうです(苦笑)

さて、ハーネマンズハウスでは休館日にも関わらず、私たちのために女性が待っていてくれました

 

 

かつては、管理人?としてこの「ハーネマンズハウス」に住んでいたこともあるそうです

建物は基本当時のままですが、所々修繕してあります

この柱は、ハーネマン当時のままだよなどと教えてもらいます

彼の書斎に入ると、立派な机が!そしてその後方には本棚があり、そこから螺鈿細工が施された美しい木箱を出してくれました

 

 

 

木箱には数字が書かれていますが、ポーテンシーの区別だそうで、蓋を開けると小さな瓶で蓋がコルクのレメディーがぎっしりと入っています

コルクには、レメディーの名前が正確な筆記体で書かれていて、その字体からしてハーネマンの几帳面さがわかるというもの

 

 

 

レメディ自体も当時のもの、感慨深いです

この建物の隣には「ホメオパシー図書館」がありますが、ここも本日は休館日と聞いていたのに、なんと運の良いことにちょうど鍵を持って立っている女性がいるではありませんか!

ここは、ドイツホメオパシー協会運営だそうですが、管理している女性がたまたまいてくださって、快く開けてくださいました

 

 

そこには、ホメオパス垂涎の蔵書がぎっしり…

カオスペンダルという人間の内側の不調(アンバランス)を表す模型のようなものがあり、一度動かすと不定形な動きをし続けるその様に内側のカオス(混乱)を見せつけられたようでした

 

 

学生がホメオパシーの働きを理解するために使っているそうです

そして、もう一つこの「歯車」が優れものでした

 

 

これも学生にレメディーのポーテンシーの理解をしてもらうためのものです

写真ではわかりにくいと思いますが、一番左の歯車はしっかり動いているのが目に見えます

右に行くに従って、理屈では動いているはずですが、目には見えない速さなので動いているようには全く見えません

レメディを薄めるのも同じこと!確実にその物質のエネルギーは残っていても、目に見えることはないのですね

こんな道具があったら、腑に落ちやすいですね

ホメオパシー図書館の前にはハーネマンのお顔の大きな像が建っています

 

(通訳をしてくださったクリスティンさんと)

ここから歩いて7、8分のところに公園がありますが、もともとは墓地だったようで、整備されて公園になっています

ここには、ハーネマンの最初の妻「ヘンリエッタ」が眠っているそうですが、このあたりということしかわからず、今もこの地下のどこかに彼女は眠っているそうです

 

 

このクーテンの街の薬局やオーガニック食材を売っているお店にはやはりホメオパシーのレメディや自然療法に関わる商品が売られています

あるのが当たり前という環境が本当に羨ましいです

 

 

クーテンの街にはハーネマンが14年ほど住みましたが、クーテン城の城主であった公爵に保護され穏やかに臨床や研究ができた場所、一方苦労をかけた妻ヘンリエッタが亡くなった場所でもあります

 

ここでは、「オルガノン」の執筆にも励み、第3〜5版までを書きました

そして、二番目の奥さんとなるメラニーに出会った場所でもあるので、いろいろな意味で思い出深いところだったろうと思います

 

クーテンは、音楽家のバッハ所縁の地としても有名です

クーテン駅で日本人女性のツアーとすれ違い、ホメオパシーの視察に来られたかと思ったら、バッハを尋ねる旅でした

あちらは、私たちをバッハを訪ねる旅だと思ったとのこと(笑)

 

さて、クーテンを後にして急いでトルガウに向かいました

 

トルガウからライプツィヒ編

 

クーテンでのホメオパシーガイドツアーを終えて急ぎ、また列車を乗りついで次はトルガウに向かいました

ここには、ハーネマンズミュージアムとハーネマンズハウスがあります

ハーネマンがここに住んだのは1805年〜1811年のこと

開いているはずのハーネマンズミュージアムが閉まっていて残念ながら見学ができませんでした

 

 

石畳を重いスーツケースを転がして引きずってたどり着いただけにとても残念でした

次のハーネマンズハウスは無事開いていて見学できハーネマンの肖像画が販売されていたり、当時のレメディが飾られていたりとひととき200年ほど前に戻ったような感覚でした

 

 

そこからまた、必死でスーツケースを運んで駅に戻り、ライプツィヒへ

ライプツィヒは、ハーネマンが大学で教鞭をとったところでもあり、駅から10分ほどのところに市中心部に背を向けてハーネマンの像が建っています

ハーネマンがライプツィヒで暮らしたのは1810年から1821年

まっすぐ前を向いていたり、立っている像が多い中でちょっと変わった像です

写真を撮っている私たちを不思議そうに見ている人たちもいて、普段この像に関心を持つ人は少ないのかもしれないと思いました

 

 

このライプツィヒには、有名なレストランがあります

ゲーテや森鴎外が通った「アウアーバッハス・ケスラー」です

大きな地下大食堂で大勢の人がドイツビールを片手に肉料理に舌鼓を打つ、賑やかなレストランです

 

 

壁面にはゲーテの「ファウスト」の場面を描いた絵が何枚も掲げてあり、奥には森鴎外が着物を着て座っている絵も飾られています(左端にはなぜかここにも悪魔が!)

 

 

「ファウスト」の中で悪魔のメフィストが主人公ファウストと駆け引きをするシーンだったりで、悪魔のモチーフがあちらこちらに飾られています

一度は、チャンスがあれば訪れると良いレストランです

 

 

偉大なる文豪ゲーテは、ハーネマンと同時代の人で、その著作の中で「ホメオパシーの理論を固く信じている」というような文章を残しています

 

その後、深夜にライプツィヒから夜行バスでシュツットガルトへ向かいました

 

シュツットガルトでは、ロバートボッシュミュージアムを見る予定でしたが、ここもお休みで今回は、残念ながらこの目で見学することはできませんでした

 

ここで1泊して、翌日はフランクフルトからロンドンへ空路でひとっ飛び…

 

ドイツという国

 

英語が通じず、本当に苦労したドイツの旅でしたが、いく先々でハーネマンの息吹や魂を感じることができました

机の上で学んでいるだけでは、わからないその場所の空気から体験できることが今回の旅にはいっぱいでした

ドイツでも旧東ドイツ側を旅したせいか、少しドイツ人の印象も違いましたし、東西のドイツの歴史の余韻を感じることもできました

ハーネマンが生きていた頃のドイツは、東西に分かれていたわけではないので、また今とは違ったものだったかもしれません

ドイツ人の気質はよく「Arsenicum」だと言われます

もちろん、全員が同じわけはないので、印象ということですが、気難しさからArsenicum(ヒ素)を思い浮かべてしまうのは当たらずとも遠からずなのかもしれません

クーテンのような街は、ハーネマンが生きていた頃からあまり変わらないのかもしれません

ドイツは、古い建物を大事にしているので、ホテルはどこも石造りで中は現代風にアレンジされています

古いホテルは道から必ずと言っていいほど数段の階段があり、重いスーツケースを持っている旅行者泣かせの建物です

 

これが、ドイツだ!とその醍醐味を味わい尽くすのも旅の醍醐味ですね

今回、見学できなかった施設が二つあるので、いつかまたリベンジしたいと思いますが、その前に本気でドイツ語の勉強をしようと誓った私です

 

とシュプレヒコールを挙げているのに気づかないで過ごしていませんか?

そのうち60兆の細胞が一丸となってデモを起こすかもしれません

そうなってからでは遅いです

 

今の世の中、100%健康であると胸を張って言える人がどれくらいいるでしょうか?

 

細胞の働き方改革も、実際の仕事の働き方改革と同様に一刻を争うような問題なのです

 

仕事の働き方改革は、自分の力では如何ともし難い問題ですが、細胞のそれは、自分の意志一つで始められるものです

 

からだとこころだけでなく生き方そのものにも大きく働きかけるこのプログラム、実は「生き方改革」なのかもしれません

 

 

 

ロータスホメーパシー 金澤千佳
http://healing-island.jp/expert/251.html

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